平和とは何か。なぜ、自衛隊は存在するのか。考える機会を頂いた。

格納庫のF15。主力となる戦闘機も第4世代から第5世代へと移っていく。

格納庫のF15。主力となる戦闘機も第4世代から第5世代へと移っていく。

北名古屋市議会内会派「市政クラブ」の私達一行10名は、2015年7月27日から翌28日にかけて、国土防衛の要となっている沖縄県・那覇基地の視察を行った。今回のこの視察については、愛知県議会防衛議連に所属する27名の議員と合同で実施した。

特に今回の視察を行うに当たっては、航空自衛隊那覇基地所属南西航空混成団司令の荒木淳一空将、副司令の上ノ谷寛空将補のご尽力によって実現することができた。この場を借りて謝辞を申し上げる。ただし、今回のこの視察の企画は、他の第3者には決して実現し得ないと思われる。なぜなら、過去にこのお二人が小牧基地司令であったことのご縁もあり、格別の親交をもった水野冨夫愛知県議会議員・防衛議員連盟会長によるところが極めて大きかったからである。

さて、集団的自衛権の解釈については現在、第189回通常国会で審議されている最中である。まさにちょうど良い時期に、われわれ視察団一行は、最前線である那覇基地における自衛隊の活動の説明を受け、また、緊急出動と日々の訓練に明け暮れる自衛隊員に触れる機会も得た。地元愛知県出身の隊員との交流時間の設定は、共通の話題も持ちやすいことから、視察団員との何気ない日常会話を通じて「一個人としての自衛官」という素直な姿も観ることができた。それはすなわち、テレビや新聞などマスコミ報道には載ることのない、ごくごく普通の自衛隊員が、どんな思いで仕事に取り組んでいるのか、という普通の隊員の姿である。

私のような普通の市議会議員が、このような視察の機会に恵まれたのは極めて幸運なことである。おそらくこの後、私の人生の中でこのような機会を持つことは二度とないであろう。またここに記すことが憚られるほど、たいへん貴重な経験がいくつもできたことを私個人の記憶のために付記しておく。

なおここで視察させていただいた那覇基地は日本の国土防衛の南西防衛区域における戦略上役割から、陸海空3つの機能的集団(航空自衛隊、海上自衛隊、陸上自衛隊)が混在する日本国内でも珍しい自衛隊基地である。


2015/7/29追記:この視察期間中、どうしたら市民のかたにこの視察の意図を正確に伝えられるか、そしてなぜ自衛隊活動が行われているのかという現実的な状況をしっかり説明できるか、を私の課題としていました。

なぜなら、連日のようにマスコミではさかんに平和だ、武力放棄だ、戦争は反対だ、集団的自衛権は徴兵制だ、というメッセージが繰り返し発信されているからです。毎日そんな情報にさらされていると集団的自衛権がなぜ必要なのか、そもそも日本周辺の軍事的に活発な近隣諸国の状況はどうなのか、なぜ憲法第9条にも関らず自衛隊・武力を持っているのか、という当たり前な現実を見落として判断してしまいます。少なくとも、私は戦争がいやだ、という誰しもに共通する心情に向けて「平和を訴求するセンセーショナルな活動」の話題を押されつづけることにより、雰囲気に流されて冷静な判断に欠くような状況に陥ります。

日本はきちんとした民主主義国家ですから、国民の総意に抗い続けることはたいへん難しいことです。

マスコミの役割りは国と国民の認識の差を埋める、という「情報の非対称性」を埋めることこそにあると考えます。それこそがジャーナリストの使命です。その一方で国は情報開示請求などを通じて説明責任を果たすよう義務が課されているとも考えられますが、民間企業であるマスコミにはその責任はありません。ここにひとつ民主主義の仕組みの弱点があります。国民が手に入れやすい情報にはどうしても限りがあり、偏ることが自然と起こる、ということです。

わたしのような捻くれ者はいずれも端から信用していません。「平和」という共通目的と、現実的な根拠に乏しい思想的理論を組み合わせ、ひたすらマスコミで繰り返しメッセージを発信することにより、理想論がいかにも事実であるかのように錯誤させ、社会全体を演出しようとしているのではないか、正当性を与えようとしているのではないか、と猜疑の目を持って見てしまいます。(インターネットという身勝手な情報発信の仕組みに触れたことにより、リテラシー教育が施されたのかもしれません。)

反対派グループの理想論を展開することで手に入る一番大きな現実は「駐留米軍撤退」です。ではそれによって利益を得るのは誰でしょうか。

東シナ海・南シナ海で小さな島の領有権・領海とその海底資源をめぐって実力行使をつづけている中国は、日本だけでなく、フィリピン・ベトナムとの領土問題を優位に仕掛けています。「2国間の問題」という言葉を盛んに使い、国際問題化させないようにたいへん中国にとって都合よく行動しています。さてこのような実力行使を厭わない状態の相手と「話し合い」という穏やかなルールのテーブルで、2国間で互いに納得できる平等な結論が見えますか?わたしには見えてきません。シビアな交渉ごとを進めるとき、自分が不利になりかねないテーブルに素直に着くことはありえません。国際問題の解決というのは双方を押さえ込めるだけの背景をもつ調停者があってようやくテーブルに着くものです。

だからこそ国際社会の中で優位性を示すためのさまざまな駆け引きやロビー活動が行われているのです。

また防衛省の発表資料によるとほぼ毎日、中国・ロシアの軍用機の領空侵犯のスクランブルがかかっています。北朝鮮の弾道ミサイル発射試験、という具体的脅威も次第に大きくなっています。

この状況を2国間の問題として単純に考えれば、相手の実力を測り、背筋を冷やりとさせておけばいいわけです。対話による平和外交もコレならスムーズに行えます。憎まれっ子世に憚る、といいますが、The more knave, the better luck.(悪党ほど運がよい)という英語のことわざもあるようです。どうやら困りごとは世界共通のようです。

さて、これに対抗するだけの力を持つべきか、持たざるべきか、というのが今の私が考えうる憲法第9条や安全保障の問題の根本だろうと考えます。

私自身、戦争には反対です。目の前でバタバタと人が死んでいくような状況を好ましいなんて思いません。そんなのは映画の中でほんとにもう十分です。

私は日本が今の平和状態と経済的発展を手に入れることができた戦後の恩恵を享受して暮らしています。

しかしながらウクライナ問題を傍目でみると、米ロが介入して散々な状況になっています。そうした今の国際情勢を超現実的な視線で考えると、戦争には反対ですが、自衛力を放棄して安穏と暮らせるとは思いません。あくまでも私は日本人として、日本の国家によって保護された思想信条の自由を謳歌し、日本の独立を維持することを大前提とした暮らしを続けたい、と考える一人の日本人です。

最期に、こちらの本を紹介させていただきます。
スイスが国民ひとりひとりを守るためのプログラムを書籍にしたものが日本語に翻訳されています。非常に具体的に戦争に備える方法と平和を考えさせてくれます。

あなたが今の日本に対してどう思われるか。諸現実を知ることから学び、あなたの理解と解釈をそのなかで築いてください。
民間防衛―あらゆる危険から身をまもる

以上追記終わり。


そんなわけで久々にこちらに記事を投稿しました。簡単な報告はこの程度ですが、内容についての視察メモ作成、それから秋に予定されているシンポジウムの原稿調製をマッハ2.6で作成しなければなりません。視察前に完了しえなかった仕事も残していて・・・。積み残しが増えてきたなぁ。。。